1769日の谷川祐一

2016年9月にやまと学校を卒業してデビューしたばかりの孫崎百世選手。
ボートレーサーになるまでは、スポンサーがつくほどのスキーヤーとして活躍する一方、看護師になって救急病院で働くなど、多彩な一面の過去を持つ。レーサーになって約4カ月が過ぎ、ボートレースに挑む今を語ってもらった。
取材日:2017/1/19
レーサーになったきっかけ
ボートレーサーになるまでの経歴がすごいですね。スキーヤーとして活躍されていたと伺いました
出身が北海道釧路市なので、スキー一家で、幼い頃よりスキーをしていました。北海道のパウダースノーは世界一と言われるほどなんです。
中学まではアルペンスキーをしていました。中学を卒業してニュージーランドの高校へ留学した時に山スキーと出会い、それ以降は山スキーの魅力にはまっています。 メーカーからウエアや道具を提供していただけたので、スキーを思いっきり楽しむ環境があったんです。
ニュージーランドに留学されていたんですね
私、中学を卒業してから親元を離れているんです。高校時代はニュージーランドに4年間いました。その後、京都の看護学校に3年通って卒業後は4年間京都の救急救命センターに勤務していました。
ボートレーサーになるきっかけは?
看護学校時代に、友人に連れられてびわこボートに遊びに来たのがきっかけだと思います。その時は「勝ったらコートを買いたい!」と言いながら遊んだだけで、かっこいいとは感じましたが、レーサーになるなんて思ってもみませんでした。ただ、私には14歳離れた弟がいるんですけど、「弟、ボートレーサーにならないかな〜」って友人に話をしていたみたいなんです。一度病院を辞めて海外にまた行こうと思うようになった頃に、この友人に「弟じゃなくて自分がレーサーになれば」って言われたんです。思ってもみない言葉に好奇心が沸いて、気が付いたら募集要項を調べてました(笑)。そうしたら、まだ年齢的に受験ができることを知って、周りには内緒で受験しました。
何回目で受かりましたか?
2回目です。年齢のことがあるので、2回しか受験しないと決めていましたから合格できたのは奇跡です。
やまと学校はどうでしたか?
成績がとても悪くて苦労しました。あまりの悪さに教官に進級できるか分からないと言われるくらいでした。必死に訓練を受けて進級試験にギリギリ通過できた後は少しずつ成績が上がったものの、同期の中で最年長なのに失敗が多すぎて、みんなに心配かけてばかりでしたね。
厳しかったですか?
厳しかったです。今まで両親に反対されることなく、海外を飛び回ったり自由に好きなことをできていたので、学校生活は厳しかったですね。でも、規則や礼儀をはじめ多くのことを教われて良かったと思っています。卒業した時、スキーでお世話になった方に電話で報告したらあまりの変わり様に「そんなに厳しかったのか。礼儀正しくなって…」と言われました(笑)。
Myレーススタイル
びわこボートでのデビュー戦はどうでしたか?
同期の中で、一番遅かったのでとても楽しみにしていました。なので、1走目は緊張せずにワクワクしながら走ったのを覚えています。ですが、2走目で転覆してしまって…。練習ではなくレース本番で転覆したことに動揺しました。何をやっているんだ〜と。3走目以降は本当に緊張しましたね。
デビューして約4カ月が過ぎました
レースをするのは楽しいですが、まだまだ勉強中です。スタート、操縦技術、レース運び、ターン技術どれも未熟でレースに参加できていないのが悔しいです。ターンの時、他の艇ばかり目に入って、ターンマークを見ずに走ってしまうので、先輩に「ボートレースはターンマークを周る競技だよ」と指導いただいたり、展開に合わせて走る位置を考えなければいけないのに、ボートをコントロールできなくて間違ったコースを走ってしまって注意されることも多いです。プロボートレーサーとしての難しさ、厳しさをかみしめています。
課題は何ですか?
レバー操作ですね。滋賀支部の先輩たちに操作が雑だと言われて気をつけているんです。2節目のボートレース児島でのレースが終わった後、びわこボートで走ったら、自分のレバー操作の雑さがよく分かりました。びわこ水面はもっと丁寧にしないとボートが暴れるんです。でも失敗ばかりで、先日も雪が降っている中練習していたら、3回も転覆してしまいました。とっても寒かったです(苦笑)。
あとは、腹筋の強化ですね。スピードを出すので体を支える筋力が必要なんです。山田豊選手に「腹筋が弱いから毎日、朝と夜に腹筋200回ずつした方が良い」とアドバイスを貰い、実践中です。
滋賀支部の先輩方に教わっているんですね。
皆さんとても優しくて、いろいろ教えて下さいます。
山田選手なんか、私が(山田選手を)まくれるようになるまで引退しないって言ってくださっているんです。本当にお世話になっています。
憧れのレーサーはいますか?
遠藤エミ選手って言いたいんですが、レーサーになってみて先輩とのレベルの差に憧れなんて言えなくなりました(苦笑)。滋賀支部では、松山将吾選手が一番近い先輩なんですが、もう、雲の上の存在です。
どんなレーサーになりたいですか?
A級レーサーを目指せる選手になりたいです。あと、ツケマイを応戦するような接戦を競り勝ってみたいです。そんなレースは見ていてかっこよすぎてしびれます。
レーサーとして心がけていることは?
1つでも上の着を目指してレースに挑んでいます。 あと、スキーヤーの友人に「プレーヤーが一番楽しいんや、楽しまなソンやで!」と言われたことがあるんですが、そのことを忘れないように走りたいと思います。
プライベート
休日は何をして過ごしていますか?
元々は、とてもアクティブなので、休みになれば山にクライミングに行ったり、冬はスキーに行ったり家にいることはないですね。
ただ、今はボートレーサーの技術を磨きたくて…。早く一人前になりたいので、あまり休日をつくっていませんね。ボートに乗っていないことが不安なので、休まずに水面を走りたいくらいです。1月も2日間くらいしか休んでいません。ですので最近の休日は自宅で過ごすことが多いです。インスタグラムで犬の写真を検索して癒されています。飼えないのに欲しい犬を探したり、「飼いたい〜」って言いながら見てます。
同期と遊ぶことはありますか?
同期のみんなとは仲が良いので、LINEで連絡を取り合っています。でも、会う時はレースが一緒だったり、一緒に練習した後ですね。その時はご飯に行って、ほとんどレースのことばかり話していますね。ターンのこととかレースのことを相談しています。
看護学校や看護師の時の友人たちとも会うことはありますか?
一緒にご飯したり、飲みに行ったりします。でも結婚したり、出産している友人も多くてあまり頻回に会えなくなりましたね。やまと学校にいる時も、友人からいきなり出産の報告を受けたりして、周りとの生き方の違いに「私はここにいて良いのか?」と悩むこともありました(笑)。最近、私を心配してくれているのか婚活に連れて行かれることもありますが、友人たちには私は33歳から婚活すると宣言しています。今はボートレーサーとして頑張りたいです。

1月に入って滋賀でも雪が降りましたが、スキーがしたくなりませんでしたか?
なりましたね(笑)。
ボートレーサーになる前は、時間があればすぐに山に行って滑っていたので、スキーはしたくなります。2月はびわこボートのレースがないので、練習ができる日が少ないんです。なので、もしかしたら長野の白馬に行っているかもしれません(笑)。